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広く、まっすぐに
上野町交差点にて新道の工事が始まっています。

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宇都宮から鹿沼市内に向かう際、これまでは上野町交差点がT字路のため迂回をしないといけませんでしたが、これからは宇都宮からまっすぐ鹿沼市内に抜けられるようになります。(下記の地図を参照してください)

鹿沼街道は交通量も多いので、この工事による動線の変化はまちにも大きな影響を与えそうです。これまでの迂回路に店を構えた方たちはどうするのだろう。

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GoogleMapより

こういうとき、以前東京の大学の先生がつぶやいた言葉が思い出されます。
「広くてまっすぐな道が車にスピードを出させている」
「小学生の列に突っ込んだ事件だって、やたらに道を整備するからだよ」

歩行者と車がぶつかりそうになるくらい狭い道の方が速度がでなくて安全なのではないだろうか。この類いの工事で本当は誰が得をしているのか。そこをもっと考えなくちゃいけない。
by nabe_tk | 2007-11-29 18:02
少しは成長したのでは
ちょうど1年前の今日、撮影した写真です。
住宅トンネルの向こうに鹿沼ケーブルテレビのNさんが写っているから、この日は僕の活動を取材してくださっていた日です。あれからもう1年です。
たった1年で鹿沼のまちはとても変わりました。調査したかったお宅もいくつも消えました。これからもこの変化は続いていきそうです。
今日は建築家・篠原一男先生の言葉を紹介したいと思います。篠原先生は紫綬褒章も受賞された東京工業大学の名誉教授。去年2006年に亡くなりました。

「伝統は創作の出発点でありえても回帰点ではない」

この1年で僕が体得してきたのも、この言葉に尽きると思っています。
古いものを否定するのも肯定するのも「古いものをよく知る」までは同じであっていい。新しくてカッコいいことがしたいから、これからも鹿沼の今までを研究していきたいと思います。

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by nabe_tk | 2007-11-26 22:20
包まれているような居心地
今日は旧市街のとあるお宅のお庭に入れていただきました。
庭といっても、観賞用のただの庭ではありません。町家特有の、店部分や蔵、倉庫、トイレ、風呂などを繋ぐ役割を持つ庭なので、建物に入れなくても、この庭に入るだけで当時の暮らし方や生活の様子がなんとなしに見えてきます。
このお宅は江戸後期〜明治初期に建てられたもので、ほとんど当時の様相がそのまま残されています。店部分と裏手の蔵や井戸を結ぶトロッコ跡なども残されており、僕には未知の世界でした。簡単に建物と敷地の配置図をスケッチ、写真も撮らせていただきました。

最近は、今回のように古いお宅の敷地に入れていただくことが多いですが、一つ気になっていることがあります。それは足を踏み入れたときに感じる「包まれる」あの感じ。
今回のお宅は、塀、隣家が敷地を囲み、母屋や蔵が庭を囲み、更には建物の壁が居室を囲みます。この入れ子状の段階的な空間の作り方が、僕に「包まれている」感覚を与えているようです。
これは先月僕が訪れた韓国の河回村でも感じました。河回村は16世紀の様子が生の姿で残っている村で、農業を生業とする小さな村です。建築家の中村好文先生も指摘していますが、河回村の名前が示す通り、川が村を囲み、塀が敷地を囲み、建物が庭を囲み、壁が居室を囲みます。ここでも「包まれている」感じを味わいました。

この「包まれる」ような空間。都市部の狭い敷地を広く使う工夫であるようにも感じます。


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by nabe_tk | 2007-11-20 23:36
大好きな中華料理屋
最近、小学生時代から好んで行っていた近所の中華料理がつぶれた、という話を今日聞きました。僕は「あぁ、あそこもいよいよか」と思いました。
その中華料理屋は鹿沼環状線沿いの西側に店を構えていて、人気店としていつもお客で賑わっていました。しかし2年程前に環状線の陸橋化(JR日光線との踏切での渋滞を解消するため)がされ、その中華料理屋は陸橋のちょうど中央の下辺りに隠れてしまいました。お店からすれば東側のすぐ上には片側2車線の巨大な塊が降ってきたような状況です。それまで、通りからよく目につく立地だったのが、車の流れが陸橋に流れることで、この中華料理屋の前を通行する車はなくなりました。
それからというもの、この中華料理屋の賑わいは以前と比べると少なくなりました。常連さんしかこないお店になったのです。(皮肉にも、陸橋化の工事期間中は工事業者で賑わっていました。)
おそらくこの中華料理屋の主人も、この陸橋化の計画はだいぶ前から知っていたのだと思います。お店の場所を移すなど、いろいろな対策の打ちようもあったのだと思います。でもその場所でなきゃならなかったのではないでしょうか。その場所で中華料理屋をやっていたかったのだと思います。
その人にとっては大切な場所だったのに、あまりにも大きな力であっという間に変貌させてしまうこと。分かりやすい便利さの裏には、たくさんの人の犠牲があることも感じなくてはなりません。その道を走る車からはそんなことはちっとも感じられません。よく考えるとそれはとても怖いことだと思いました。ちなみに僕自身もその陸橋を毎日走ります。

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以前は環状線として大変交通量の多い道でした。今は人も光もなく、暗い雰囲気です。
by nabe_tk | 2007-11-05 17:27
お土産
1年前の鹿沼のまち歩きで偶然知り合った、旧市街にお住まいのご夫婦がいらっしゃいます。
今日、「わたなべ君、調査させてもらえそうな古いお宅があるからいらっしゃい」とお声をかけていただき、早速、久しぶりにご夫婦に会いに行ってきました。
調査させていただくお宅の方を紹介していただき、帰りに「お茶でも飲んでいきなさい」とお誘いいただいたので、お言葉に甘えご夫婦のお宅へお邪魔しました。
このご夫婦のお宅も古い。おそらく大正〜昭和初期のものだろうと推測されます。そんなお宅でお孫さんのお話や世間話をしました。
このご夫婦のように、旧市街の方達は僕に優しくしてくれます。歓迎してくれます。活動を応援して下さります。何かお返しができるといい、と思います。
ご夫婦から帰りにお土産を頂きました。とても可愛い袋。近所のパン屋さんの袋だそうです。

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by nabe_tk | 2007-11-01 18:53