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スズメさん トタンの上で何想う
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蓬莱町の長屋の屋根で休むスズメさん。
けっこうイケますか、トタンも。
by nabe_tk | 2008-05-31 11:34
奥行きのある住まい
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鹿沼の古い住宅の入口の多くは、人がガヤガヤ通る道と接してつくるのではなく、門や前庭、路地、店部分などを一度介してから室内に入るようになっています。
そうしないと、騒音や知らない人の視線が室内に簡単に入ってしまい、落ち着きのない空間になってしまうからです。

心地いい住まいを得るためには、住宅そのものだけでなく、周辺のまちを巧みに利用することが必要なのです。
「日本家屋に入ると落ち着く」と感じる人が多いのは、このことも一因であると思います。

住宅メーカーの売る建売りの住宅なんかは、まちとは無関係につくられるものですから、周辺を利用した住まいづくりはされていないわけです。
そんな住居で落ち着けるわけがありません。
by nabe_tk | 2008-05-30 18:29
水で繋がる人と人
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日本人はもともと水耕民族でありますから、
生活には「水のある環境」が欠かせなかったわけです。

鹿沼も例外ではなく旧市街には水路が廻らされています。
一般的な商店や住宅の敷地にはそれぞれ水路が通され、
また井戸が掘られ、生活に利用していたのです。

ですが今日では、蛇口をひねればいくらでも水が出ますから、
おのずと水路も忘れられていきますが、
意識して町を歩けば、枯れたり蓋をされたりはしているものの、
その痕跡をはっきりと見ることが出来ます。

また、上流ではまだまだたくさんの水が流れる水路もあります。
by nabe_tk | 2008-05-29 22:07
「住」について詳しかった時代
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昔はどの家でも、ペンキ塗りなどの簡単な作業であれば自分でやったものです。
雨屋や物置なども難なく建ててのけてしまうのです。

今のお年寄りなんかは、その辺の建築学生より建物について詳しかったりします。
なんでも自分たちでやるのが当たり前だったのです。

そんなパワーのあるおじいさんを見つけました。
庇にのってペンキを塗っています。
by nabe_tk | 2008-05-27 19:14
住宅とまち
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住宅がその町に及ぼす影響はとても大きい気がします。
具体的に言えば、例えば、道路から家族の笑い声が聞こえてきたらそれはとても豊かな気持ちになりますし、灯りが漏れてくるだけでも人の気配を感じて安心することが出来ます。

人工的で無機質な表情を道側にさらしているところでは、歩く楽しみも減りますが、逆に、板塀の隙間から庭の緑や洗濯物がのぞいていると、まちの表情に深みが出ます。
たとえ古くて立派な建物が残っていなくても、それらが「町並み」となって町の個性を形作っていくんだと思います。

こういう風に考えると、町の表情は住宅によって決定されているところがあるのです。
住宅のあり方をもっと考えれば、町全体はもっと豊かになる気がします。
by nabe_tk | 2008-05-24 11:41
鳥さん 瓦にとまって何想う
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鳥さんは10分ほどこの位置で首をキョロキョロしていました。
やっぱり違いますか、自然素材は。
by nabe_tk | 2008-05-23 18:59
廃棄寸前の机 使わせていただきます
今日の登校中、車で国道を走っていたら住宅の解体現場を見つけました。
横目でチラッと見て通り過ぎましたが、何か気になりました。
何やら素敵な机が2台、廃棄のトラックに積まれようとしていたのです。

「ちょーっと待ったー」

と、心で叫びながら、車を180度転回。
急いで戻り、解体屋のお兄さんに、
捨てるのであれば、いただけませんか?

もらいました。

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こちらは蓬莱町より
by nabe_tk | 2008-05-21 18:46
路地のちから
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鹿沼の旧市街には路地が廻っており、生活者にとって欠かすことの出来ない生活道路となっています。
路地とは、意図的に計画されているというよりは、各戸の敷地割りから取り残された残余空間と言えます。曲がりくねったり、行き止まったり、広狭を繰り返すのがその証拠です。

路地には、そこに住む人の生活を快適にする重要な役割があります。
それは、「住空間をまちから緩やかに隔離する」ことです。

路地には隣地から洗濯物や植木などの生活品が飛び出しています。
それは、「まちでも家でもないどっちつかずな空間」なのです。

家の中にいて、すぐ外を大勢の知らない人や車が通っていたら落ち着きません。
どっちつかずな空間で家を包んで、落ち着ける場所にする。
それも路地の大切で魅力的な役割なのです。

計画されたわけでもない路地が、計画された道路よりも魅力的なのはなぜ?
by nabe_tk | 2008-05-17 17:33
「道」について
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「道」にもいろいろな道があります。
曲がりくねったり、直線だったり、細かったり、広かったり。脇に塀が連続したり、垣根だったり・・・。
少し昔であれば、皆それぞれに理由と意味があったのだと思います。

車がびゅんびゅん走る道路。
車がしばらく来そうにない間にその真ん中に立ってみると、
どこか落ち着きませんよね。
これは、そういう道路は人間(の身体)のためではなく、
車のために計画されているからです。

一方、狭い路地ではどうでしょうか。
落ち着かない、ということは少ないと思います。
これは路地が人間の身体の尺度にあっているからです。

人間のためにつくられる道路のはずなのに、
生身の人間のためにはつくられていない、というのは
どこかおかしいですよね。

人間のためでない領域が、町中に蔓延し始めているのです。
by nabe_tk | 2008-05-15 22:14
鹿沼の花 さつき 満開です
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満開になりました。
by nabe_tk | 2008-05-13 19:25