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誰のための何のための
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大学の研究室から中庭を見ているところです。

大学には広くて緑も多く気持ちのよい空地がたくさんあるのに、どうして有効に活用されていないのだろう、といつも考えています。
近所の園児や小学生の遊び場になったり、老人たちのおしゃべりの場になればどんなに有意義なことでしょう。
まちへの貢献度ナンバーワンをうたっていますが、もっと単純な貢献ができたらいいのに。
近所の小さな公園で狭そうに走り回る子供たちを見れば、どんなにこの空地が魅力的だろうかが分かりそうなのに。

このことは町の中にあるいろいろな施設についても言えると思います。
幼稚園、学校、公園、たくさん。

幼稚園、学校は子供を管理しやすいように大人が勝手に作り上げた場所だし、公園は法を満足させるための義務的な項目になっています。
子供にとってワクワクするのはきっとコンクリートの箱じゃないです。

いろいろな言い訳をして大人のやりやすいような社会にしているだけ。
by nabe_tk | 2008-07-30 11:46
山に包まれるまち
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鹿沼の遠方を囲む山々の様子。

夏の山は緑一色だけれど距離によって濃淡が違っていて、その眺めは水墨画のようです。
日々の湿度変化によって、毎日見える山もあれば稀にしか姿を現さない神々しい山もあり、その移り変わりを僕は楽しみにしています。

日光男体山はその「神々しい山」の代表例ですが、

「男体山が陰ると鹿沼は雨になる」

という昔から伝わるいわれがあることを町の古老から伺いました。
山というのは人間生活といろいろなところで結ばれていたのです。

鹿沼の集落ができたきっかけとも何らかの関係があるのかもしれません。
by nabe_tk | 2008-07-28 16:14
一生の財産
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車にばかり乗っていると様々な小さな変化にうとくなります。
道ばたに咲いている花や流れる小川、虫の鳴き声や空の色。
人と話すことや歩くこと、深呼吸すること、その他いろいろ。

消費社会のでっかい策略に操られて、新しい商品や飾られたものにしか目がいかなくなった人は寂しいと思います。
きっと小さな幸せに不感症になっている。

旧市街を歩いてみると、嘘みたいにたくさんの小さな幸せが隠れています。

僕の場合、歩いているだけで近所のおじさんに「やぁどうも」と挨拶をいただき、
「今日は寄っていかないの?」と麦茶を勧められます。
3年間でたくさんのお友達ができました。

車で通り過ぎていたら、こうはいかなかったろうなぁ。
by nabe_tk | 2008-07-26 21:12
ブログ効果?!
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昨日の記事で、調査中に話しかけてください、と書きました。
すると今日の調査中にご近所の方から声をかけていただきました。

その方は白髪の爽やかなおじいさま。
ニコニコされながらこちらに近づき、「何してるんですか?」
「この建物を調査させていただいてるんです」と答えると、
「この建物は古いものねぇ。論文でも書くんですか?
若いっていうのは素晴らしいことだねぇ」

やっぱり歓迎していただけるのはとても嬉しい。
もっとたくさんの方と話がしたいです。

・・・でも、あのおじいさんはブログは読まないだろうなぁ。

写真は下田町の一画。
by nabe_tk | 2008-07-22 23:05
もっとお話したいです
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明日は一日、天神町の大通り沿いで調査しています。
見かけた方は話しかけてほしいです。
by nabe_tk | 2008-07-21 22:07
どうしよう?!鹿沼って楽しい!
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今日は久しぶりに旧市街へ調査に。暑い、焼けます。

蓬莱町と寺町の一軒一軒に伺い、生業などのお宅の歴史、戦前の水路の使い方や共同井戸を介したコミュニティなどの生活パターンなどをまとめていきます。
熱射病を心配し麦茶をご馳走してくださった松儀商店さん、暑い中ご苦労様と笑顔で歓迎してくださった徳原魚店さん、ありがとうございました。

次に道という道を歩き回って、企画整理に埋もれた当時の道構成を発掘します。

なぜ曲がってるか。
どこに向かうのか。
どんな原理の基に開削されたのか。

現在のような効率主義に近い道づくりとは異なる、
人間の生活と有機的に結びついた生活空間が鹿沼には生きています。
by nabe_tk | 2008-07-19 18:27
季節の変わり目
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夏の早朝は好きです。
空気がひんやりして、夜の虫がまだ鳴いています。
それにしても今日の空はいつもと違う。
古賀志山もよく見える。
梅雨、明けたかな?
by nabe_tk | 2008-07-19 05:36
鹿沼で鹿に遭遇
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久保町のとある商店(明治期建築)での調査中のこと。
石燈籠の彫り物に鹿が。
鹿沼で鹿。
by nabe_tk | 2008-07-16 17:45
生活のコツ
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たいへん身近なところにイラストレーターの卵がおりまして、つい先日、彼女の絵が雑誌の表紙を飾ることになりました。
イラストレーターという職業は一見、それぞれの趣味趣向の中で好き勝手に作品を描いているようにも思えますが、それはまったくの誤解で、誰も関心も示さないような有り触れたことに楽しげな意味を与えられるような感性がなくては勤まらないようです。
鹿沼のまち研究にも、先祖が日常に隠したちょっとした工夫を見つけられるようになりたいものです。
彼女の作品は下記雑誌の連載特集の中でもご覧になれます。

かまくら春秋社ウェブサイト
http://www.kamashun.co.jp/fantaji.html
by nabe_tk | 2008-07-15 17:21
建築家がいなかったころ
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同じような姿の建物が双子のように並んでいます。
昭和の中頃までは、隣の家の姿を真似をして建てるということが常々行われていたようで、その様子を現在でも至る所で目にします。
現在とは対照的な光景です。

今、家づくりで良く言われるのは、個性やかっこよさ、自分の敷地の日照権などばかりで、周辺のまちのことはあまり考慮されていません。
これにはいわゆる「建築家」が登場したことも大きく、勝手気ままに建物を建てだし、それまで継承してきたまちの構造を破壊していったと言えます。

その結果が郊外の新興住宅地です。
そこには古くから築き上げられた都市デザインの原理などなく、効率性・経済性重視で個々が好き勝手に家を建てた集積ですから、無味乾燥でコミュニティも形成されない住まいになっているのは言うまでもありません。

過去の著名な建築家たちは、建物よりも、「まち」に目がいっていたように思います。よりよい住まいを考えるには、「まち」を理解する必要があると思います。
by nabe_tk | 2008-07-14 14:29