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古賀志町から古賀志山をみる
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古賀志山は古くから山岳信仰のある山でした。
鹿沼のどこにいても眺めることのできる山。
by nabe_tk | 2008-08-27 13:53
上田町にて
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植物の健気な雰囲気が侵入を拒んでいる。
by nabe_tk | 2008-08-22 14:05
今日も旧市街調査
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路地の出口、通りを挟んで洋風下見の外壁に瓦屋根の乗った面白い医院が見えます。

ちょっと前までは、こんな風な、旧市街の要所要所にそれぞれ「クセ」のある「まちかど」っていうものがあって、近所の人たちの生活の目印になっていました。
それだけじゃなくて、その「クセ」は町並みにリズムを与えて、歩いていて楽しいし、それが深みとなって、町がぐっと魅力的になると思います。

最近の区画整理で道路が広がって、それに沿った商店・住宅が無味乾燥で味も素っ気もない状態と、旧市街のような「クセ」のある町並みは、ちょうどビジネスホテルとクラシックホテル、例えば日光金谷ホテルの関係に似ていると思いました。

さっぱりと、泊まった記憶さえ忘れてしまうホテルと、泊まること自体が目的になったり、更には長い間印象や思い出に残るホテル。

鹿沼の旧市街はビジネスホテルにはしたくないなぁ、と思います。
by nabe_tk | 2008-08-20 17:34
土地のちからで住宅の魅力が変わる例
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西鹿沼町の緑豊かな住宅地から遠方の富士山を望む。
by nabe_tk | 2008-08-19 09:32
データより大切なこと
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物事に関して感動するとき、言葉にはできないけれどなんか「イイ」「ビビッ」と感じることがあります。
僕は旧市街を歩いていてその「イイ」「ビビッ」をよく体験します。

今日もまちを歩いていて、麻苧町付近で遭遇しました。
何の変哲もない山の裾野の住宅地。曲がりくねる狭い路地に点々と住宅が接し、庭の樹木が顔をのぞかせます。

論理のないもの、言葉にできないこと、データ、数字に表れないこと。
それらは最近のまちづくり、その他いろいろな場面で排除される傾向にあります。

でも、それだったら監獄を設計するのと同じ。
人間の生活する場所くらい、言葉にならない、
なんだか分からないけれど「イイ」をもっと大切にしなくちゃ。

頭で考えるより、身体で感じなきゃいけない。
by nabe_tk | 2008-08-15 21:14
上から見るとよくわかる
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ぽつ、ぽつ、ぽつ、と見える背の高い樹木や小さな緑地。
これみんな、旧家の庭やお稲荷さんの背後を守る御神木、社寺です。
まちをコンクリートが覆い尽くそうとしている中、
緑はまちに彩りを添えています。

この写真は石橋町交差点に建つ一際高いビルの屋上からの風景。
by nabe_tk | 2008-08-12 19:48
「ちらっ」リズム
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道の途中で、ふと、路地の奥に神社の門がちらっとする。
まちの至る所にそんな視覚のアクセントを設けて、町並みに深みを与えるのは日本の都市デザインの常套手段です。
旧市街にはそんな「ちらっ」が散りばめられています。
それに比べてみると、近年つくられた町がいかに無味乾燥な表情かが分かります。
by nabe_tk | 2008-08-11 18:41
まちに水を
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旧市街には城下・宿場時代の人々の生活を支えた水路のあとをいくつも見ることができます。
現在その殆どは枯れてしまっていますが、ちょっと注意深く見てみると、その計画された流路と使い方の様子をいぜん留めていることが分かります。
by nabe_tk | 2008-08-10 22:26
カッパ蔵
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麻苧町にてカッパのお化けを発見!
by nabe_tk | 2008-08-09 15:56
一つの家からそれぞれの家へ
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写真は韓国の河回村(ハフェマウル)という集落。
500年前の住居が50棟ほど残っており、現在でも住み続けられています。
車もそれほど普及していないので道は砂利道で狭く、ほどよい間隔を保った住居を路地が繋いでいます。

ここは、村全体が一つの家のようです。
その名の通り、大きな川が村を迂回するように囲み、さらにその外側には山が連なります。
この包まれる感じが、村全体を一つの家にしてしまう。とても落ち着くのです。

普段、喫茶店で壁を背にした席や端っこの席を選んでしまうように、やっぱり人は囲まれていると安心するんです。(屋敷林もそのいい例です)

鹿沼旧市街も江戸時代には木戸があり、人の出入りを制限していました。山にも囲まれています。
きっと鹿沼にも「村全体が一つの家」時代があったのです。

その証拠が古い家のつくり。
どれも外から見透かすことのできる簡易なもので、内に閉じこもる家はありません。
それは町全体がみんなの家であったからで、セコムを入れて家を外的要因から厳重に守る必要などなかったのです。
by nabe_tk | 2008-08-06 18:42