2019.10.5
こだまが熱海に停まり、ここで下車する.熱海駅のホームからは期待した海は見えない.
代わりに駅ビルや割りと新しい高層マンション、それらに取り付く大きな広告看板がいくつか見える.
合間に青い空と、遠くに山並みが見える、爽やかな風が吹いている、もうすっかり秋である.
今日はここから、在来線で真鶴に向かうのだ.

在来線を数分経て、真鶴駅に着く.
少しくたびれた平屋の駅舎をくぐるとロータリー、その先に永くそこにあるだろうくたびれた居酒屋などが見える.
素朴な町並みである.観光で賑わう熱海とは少し様子が違うようである.
海は見えないが干物屋や魚料理店がいくつかあり、港町に来たことへの期待が膨らむ.
先に到着した友人たちはその魚料理店の一つで既に瓶ビールを開けていた.
今日は秋の三連休のその1日前の金曜日である.気持ちは軽いはずである.

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合流してまず、友人たちがリサーチしてピックアップしていた昼食場所に向かう.
道中が既に楽しい.駅の周囲こそ道は対面二車線で車もある程度の速度で行き交っているが、
少し行くと道は細くなり、カーブが連続し、先は見通せない.
見通せないから、車は速度を落として通行する.徒歩者にとってはありがたい.
道は、カーブに加えてかなりの角度で下っている.おそらく、この先は海へと続くのだろう.
あちこちに幅一間にも満たない路地が取り付いている.路地の先を覗くと、路地際に鉢植えなどよく手入れされた植物が見える.
目は飽きない.道は路地になり、階段になり、住戸の庭先になる.上がったり、下がったり、忙しくも楽しい道中である.
10分ほど散策するように歩き、高台にある目的地に着く.「あけび屋珈琲」である。

店に入る.向かって左側のテーブル席では、地元の常連らしき男性が珈琲片手に新聞を広げている.
一方右側のボックス席では、若い男女3人がアイスコーヒーだったか、冷たいものを飲んでいる.
友人の一人が彼らと挨拶を交わしている.どうやら「真鶴出版」のメンバーのようである.
真鶴出版は今日僕らが宿泊するゲストハウスの屋号である.
店の一番奥、キッチンの前の大きなテーブル席に案内される.
既に先の魚料理屋で食事を済ませた友人たちは珈琲を、僕は海老のジェノベーゼを注文する.海際だから、せめて海老をと思ったのだ.

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昼食を終え、友人の組んだスケジュールによると次は町役場に向かうという.
天気もいいし、再び散歩だと意気込んで店を出ると、役場は店のすぐ隣だった.
役場は議会機能を含む平面の小さな3階建てである.
玄関にまちの人口が掲出されていて、約7,000人とある.まち空間も人口もコンパクトなまちである.
友人がアポイントをとっていた役場の担当者に、会議室に案内される.
部屋の一画にプロジェクターとスクリーン、机には資料と一冊の冊子が几帳面に並べられている.
その冊子は伝え聞いていた『美の基準』であった.
今日は美の基準に関するレクチャーを、観光で気軽に訪れた我々にしてくれるという.
友人がここまでの手配を役場に申し入れていたことに驚いたがそれよりも、
時間を割いてレクチャーで歓迎してくれるまち、そして担当者にも恐縮した.なにせ自分はTシャツにジーンズという呑気な出で立ちである.
担当者は高田さんという自分よりも一回り年下らしき若者である。聞くと、以前はトミトアーキテクチャに在籍していたという.
トミトは真鶴出版のリノベーションを担当した建築家ユニットである.高田さんも真鶴出版の工事に携わったという.
真鶴出版に関わった高田さんが現在は美の基準を担当する役場職員になっている.
これには何か興味深いストーリーがありそうである.高田さんのレクチャーが始まる.

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レクチャーは、美の基準ができた背景、現在の運用状況、今後の課題を、真鶴町の美しい生活風景とともに綴っている.
美の基準とは真鶴町の既往の生活風景を調査、整理した平成6年の資料をもとに、
建築家、都市プランナー、弁護士のコアメンバー3人が“真鶴らしさ”として70弱のデザインコードとして編さんしたものである.
新築建物の建築確認時に、町がそのデザインコードとの整合性をチェックし、かけ離れた計画がある場合は是正をリクエストする.
リクエスト、という点がこの美の基準の特徴である.法的強制力はない.
デザインコードを参照しつつ、真鶴町ではこう考えます、あなたはどう考えますか、という具合である.
美の基準の冊子を手繰ると、分かる.いずれのデザインコードも、やや抽象的である.
外壁はこの色にしなさいとか、材料はこれを使いなさいとか、そういう具体的なものは殆どない.これは発見的だった.
美の基準を参照する者に対して、その先はあなたが考えてください、という態度である.
まちは上から与えられるものではない.住む人たちみんなで考えよう、というメッセージである.
抽象性は、人に想像するだけの余地を与えるのか.

真鶴に降り立ったときの印象を素朴な町並みと書いた.特に歴史的な町並みがあるわけではない.
海と山、地域の生活道路である背戸道と道沿いの石積み、木造の古びた住宅、ささやかな商店群がある、それだけである.
それだけであるが、心に響くのである.懐かしいと思うのである.しばらくここに居たいと思うのである.
真鶴に来たとtweetしたくなるのである.次はあの人と来たいと思うのである.
この風景を、美の基準は70弱のデザインコードとして言語化した.言語化することで、町民はもちろん、来街者が共有できるものとなった.
町民はこの当たり前にある風景を共有の財産として認知できるようになる.
来街者は初めて来たにもかかわらず、町の歴史、記憶のようなものを共有できるのである.
そんなことを高田さんのレクチャーで考えいった.

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高田さんと別れ、次はいよいよ真鶴出版.厳密には真鶴出版2号店、というのが今日泊まる一棟貸しのゲストハウスである.
役場を出ると、少し陽が傾いている.あけび屋珈琲の前を通過し、すぐの向かいの背戸道に入る.
さっきレクチャーで聞いた背戸道際の小松石の石積みを右手で触りながら行く.人がようやくすれ違えるくらいの幅である.
木造の古い建物が、瀬戸道沿い、豊かな植栽の庭を間にして建っている.
そんなことに気を留めながら歩いていると、淡いピンク色の外壁が見える.
傘がついた玄関灯がその外壁を照らし、背戸道を含んで明るく一帯を照らしている.
玄関の脇の外壁には大きなアルミサッシが付いていて、その中の様子がよく見える.
本が並んでいる.その奥でスタッフらしき人がデスクワークをしている.どうやらここが真鶴出版2号店である.

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玄関は背戸道から一段下がったところにある.木製の開き戸から中に入る.
まず、本が、古い家具の上に並べられた一角がある.真鶴町に関するものがいくつかある.美の基準も並ぶ.まちの情報スペースのようである.
その奥に一段下がったスペースがあり、大きな木製のテーブルセットが中心に置かれている.ラウンジのような空間である.
そこに座る.室内を見渡す.先のブックスペース、今いるラウンジスペースに加えて、
ところどころにスタッフのワークスペース、奥にキッチンが見える.
一角に二階への階段があり、上は客室が一つあるようだ.
一階にも客室が一つあるが、このラウンジスペースから直接アクセスできるようになっている.
一棟が、間仕切り少なくゆるゆると一つながりの空間になっている.
ラウンジスペースが一段下げられていたり、ところどころに設えられた家具が空間をかろうじて分節し、そこここに居場所をつくっている.
柱や梁をみると、もとはいくつかの部屋に間仕切られていた痕跡がある.それを先の改修で取り払ったのだろう.
玄関の脇にある大きなアルミサッシから今来た背戸道、そして小松石の石垣が見える.
ときおり、近隣住民が通過する.室内を横目に覗く人もいるし、スタッフとアイコンタクトで挨拶も交わしている.
ラウンジの天井は取り去られ、屋根の野地板が現れている.断熱材はない.
室内に入った時、初秋でも屋根からの暑さを感じたが、半外部のような室だと割り切っている.
他にも室内外は、木や板張りや塗装やモルタルや石など多種多様の素材が、今回の改修か、もとからそうなのか分からないような具合で出来ている.

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一息ついて、真鶴出版の女将、Kさんが町歩きに連れて行ってくれるという.
Kさんは真鶴町の出身ではないが、数年前、知人の勧めでパートナーとこの地に移住し、
真鶴出版という屋号で出版業、そしてゲストハウスを切り盛りする若い開業者である.
ゲストハウスを出て、背戸道を行く.行けば行くほど迷路のように巡っている.
私有地の庭のような、きわめて地域住民のための親密な道である.知らなければ行くのをためらうような道である.
Kさんはその都度、背戸道沿いの見どころを解説してくれる.
もともとの住民のような微細で深い視点であると同時に、移住者ならではの新鮮で瑞々しい視点である.

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ところどころで、在の商店、肉屋や酒屋、魚屋などにも立ち寄る.皆、Kさんと親しく接している.僕ら来街者にも人懐こく接してくれる.
道途中でも何人かの住民と挨拶を交わし、立ち話が始まる.
町歩きの途中でKさんから聞いたが、ゲストハウスのラウンジにあった大きなアルミサッシは近所の解体現場から採集した部材だという.
他にも、同じように採集した部材が建物のあちこちに使われているという.
真鶴は半島であり、通過交通も極めて少ない.観光地として賑やかなわけでもない.
どちらかというと閉じた小さな港町であるが、Kさんたちのリノベーションに伴うそうした町とのコミュニケーションが
今の親しい関係性のもとになっている.
そう書いて今思ったが、出版における取材を通したまちとのコミュニケーションも、大きく寄与しているんだろう.

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町歩きから戻る頃には、辺りはすっかり暗くなっている.
ゲストハウスに戻ると、相変わらず玄関灯が背戸道を含んで辺りを明るく照らしている.
室内から漏れる灯りも一段と明るく感じる.ホッとする光景である.

町を案内してくれたKさんは、今日はこれで自宅に戻るという.
自宅は宿と背戸道を挟んですぐ向かいである.
明日朝は8時ごろまた宿に戻り、キッチンで朝食を作ってくれるという.
Kさんの日常と宿は一続きである.Kさんの振る舞いを通して、僕ら来街者も真鶴の日常生活にリアリティを持って浸ることができる.
まちの一部のような2号店の室内空間が、その強度をより大きくしている.

しばらくラウンジで休んでいると、誰かが玄関のドアを叩いた.見ると役場の高田さんである.仕事終わりに寄ってくれたようである.
そろそろ夕食だからと皆が高田さんも行こうと誘うと、高田さんはまんざらでもなさそうである.
行く先は高田さんの勧めで「ぎほう」という酒場に決まる.
聞くと、美の基準というタイトルが生まれた店だそうだ.

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ぎほうは真鶴駅前の雑居ビルの二階にある.
入ると、自分の母世代くらいの女性二人が厨房から迎えてくれる.
金曜であるが他に客はいない.窓際の座敷に腰を下ろす.
料理は真鶴らしく魚介が殆どである.刺身やアジの南蛮漬けがとくに美味かった.
途中で、仕事終わりの男性客が一人、カウンターに座る.常連のようである.
ぎほうのお母さん二人と、時折会話をしながらビール片手に料理をつまんでいる.
ビールが済むと、お母さんの一人が男性のとなりに腰掛け、焼酎の水割りを作ってあげている.渋い光景である.
僕らも今日の真鶴の成果を語りながらお酒が進んでいる.皆すっかりいい気分になり、最後にはうな重まで発注し平らげた.
その食べぶりに、ぎほうのお母さん二人も嬉しそうだった.
帰りがけ、友人の一人がぎほうの母に、地海苔が買えるところはないかと尋ねると、
カウンターの男性客が、時期じゃないよ、と無愛想に答えた.若造よ知らんのか、という具合である.
お母さんが「この人、自分で海苔採るのよ」

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宿に戻る.友人たちはラウンジでぎほうの続きを開いている.
高田さんもまだ付き合ってくれている.
ラウンジのソファから、例のアルミサッシを通して夜の背戸道が見える.
行く人が、横目にこちらを見ながら通り過ぎる.
僕は酔いが回り、シャワーを浴びて一足先に部屋へ入る.
ベッドに横になる.引き戸一枚の向こうのラウンジから友人たちの談笑が聞こえる.
部屋の窓が開いている.秋虫が鳴いている.
静かな真鶴の夜である.背戸道の先にある海を感じながら眠る.

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朝目覚めると、隣の布団で友人が寝ている.あの後、何時頃まで飲んだのだろうか.
そういえば、高田さんがいない.昨日のうちに帰宅したんだろうか.
ラウンジに出ると、ちょうどKさんが自宅から朝ごはんの支度にやって来る.
よく眠れましたかと聞くので、昨夜の秋虫の鳴き声を思い出す.よく眠れました.
昨晩のこと、ぎほうや高田さんのことも報告する.
ラウンジでうな垂れていると友人たちが起きてきて、その頃には朝ごはんも出来上がる.
ご飯に味噌汁に豆腐に、そして焼いた地元の干物である.真鶴の朝である.
食べる.皆、美味いと言っている.時折、背戸道を行く人がいる.何人かと目が合う.
今日はどこに行こうか、 友人は行きたいピザ屋があるという.
僕はこの背戸道の先にいる昨日出会った人々、そしてその先にある海にまた行きたい.

# by NABE_TK | 2019-10-05 23:44
2019.9.29
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先日、John Mooreさんからメッセンジャーで連絡をもらった.
9/29、那須に行くから来ないかというお誘いだった.山本朝子さんと講演をするという.
ぜひお兄さんも一緒に(兄は鹿沼で百姓をしている)ということだった.
先約があり兄は叶わなかったが、今日9/29、Johnさんに会いに行ってきたのだ.

「人権ではなく、コミュニティ権こそが国家権力に対抗できる唯一の権力なのではないかと思う」と
『都市美』第1号のP.11で山本理顕さんが言っている.
そのコミュニティ権のことが、今日、Johnさんと山本朝子さんの今日の講演を通してよりイメージがついた.
渡辺事務所の隣で始まったシェアキッチン、MADOのみんなとも共有したい.
今日のメモを以下に残しておく.(Johnさん、山本朝子さんのメッセージそのままではない.僕の解釈も含まれる)


地域で自立した食を取り戻す.
食とは、野菜や果実、穀物などその地域の土から生る作物である.
作物の源、命が種である.
F1種は、種がとれない.種は命である.種がとれないということは、命が繋がれていかないということである.そのとき限りということである.
地域で昔から育てられ、地域で食されてきた作物の種が重要である.固定種である.
固定種を掘り起こし、育て、調理し、食し、また育てる.その循環を未来に繋いでいかなくてはならない.
種を未来に繋いでいくことは、一人ではできない.国家でもできない.地域における人と人との協力でしかできない.
自分や自分の家族だけではなく、地域全体の他者とその未来を含んだ健康を共有し、協力することが必要である.
協力とは何か.価値交換である.
種の交換、知識の交換、余剰の交換、アイデアの交換、そのような価値交換である.仕事、ともいう.
仕事を通じて、他者と繋がる.これをコミュニティと呼ぶ.
コミュニティによって、食を守る.それは重要な権利である.

# by NABE_TK | 2019-09-29 23:30
2019.8.30
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今週のインターンは関東学院大から2名でした.
基本設計中である黒川の住まいの、ボリュームと開口部検討が模型を使って進みます.
# by NABE_TK | 2019-09-01 22:22
2019.8.28
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HBは、建築工事は完工、今は駐車場を整備中で、秋口には植栽工事に進んでいきます.
# by NABE_TK | 2019-08-28 22:07
2019.8.23
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今週は関東学院大と小山高専から計4人のインターン生が来てくれていた.
# by NABE_TK | 2019-08-23 23:13
2019.8.18
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築40年の木造住宅を改修した、天神の住まいの竣工写真をアップしました.
撮影は栃木市の写真家、アラタケンジさんです.
# by NABE_TK | 2019-08-18 23:01
2019.8.15
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HBのそこここで、佇む人々.
# by NABE_TK | 2019-08-15 00:02
2019.8.11
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鹿沼出身の建築家、佐藤さんの宇都宮スタジオに来た.
協働で取り組んでいる次週締切のコンペについて打ち合わせるためだ.
スタジオは、宇都宮の繁華街の中心、ビルの4Fにある.
まちを見下ろす.人も店も住居も混然一体となっている.まちに住むとはこういう感覚かと思う.

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鹿沼に戻る.
夜遅いが、事務所隣ではオープンしたばかりのMadoでコブルさんがお店を開けていて、カウンターで男女が時間を過ごしている.
# by NABE_TK | 2019-08-11 22:37
2019.8.9
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今週のインターンは関東学院大から4人でございました.
# by NABE_TK | 2019-08-09 22:16
2019.8.8
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大急ぎで工事が進んでいた宇都宮市西川田町のHBが竣工しました.
# by NABE_TK | 2019-08-08 22:36
2018.7.26
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関東学院大、共生デザイン学科の藤本先生に声をかけて頂き、
2年生のデザイン演習の講評会に、金沢八景まで来た.
# by NABE_TK | 2019-07-26 22:27
2019.7.19
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日吉のショップのある住まいが見積りを経て工事金額がほぼ収束し、近く工事契約を経て着工への見通しが立つ.
50坪を超える比較的大きな、築40年弱の木造住宅の改修である.
設計スタートは3月だが、購入する中古住宅を一緒に探し始めたのが2018年8月だから、
ここまでくるのに約1年かかったことになる.
クライアントはあまり急がず、こちらの提案をその都度驚き、楽しんでくれた.とても有り難いことである.
# by NABE_TK | 2019-07-19 20:52
2019.7.18
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HBは内装工事が大急ぎで進んでいます.
# by NABE_TK | 2019-07-18 20:26
D&DEPARTMENT TOKYOについて
初めて奥沢のDを訪れたのは大学3年か4年だった.
当時学科のスタッフだったFさんから、良いから行ってみたらと言われたのがきっかけだ.
そういう場合はたいてい、適当に聞き流して行かず仕舞いなのだが、その時は気が向いて少し経ってから行ってみたんだと思う.

場所はクホンブツ、という聞いたことのないところだった.
クホンブツは調べると九品仏で、東横線の自由が丘で都営三田線乗り換えて直ぐのところだった.

九品仏駅からDまでは少し歩くのは下調べで分かっていた.
意外だったのはその道中が静かな住宅地だったことだ.
もっと賑やかな商業地を予想していた.商業施設が商業地に建っているだろうという先入観があったからである.
こんなところにあるのだろうかと住宅地を10分程歩いて環状8号線にぶつかったそこにDがある.

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環状8号線沿いといっても相変わらずそこは先の住宅地の一角である.
建物は古びた中層のRCで、田園マンションという小さな名板が掛かっているだけ、外観はまったく控えめである.
最初はここが目的地なのかどうか気付かず、通り過ぎた.
反対側から折り返してくると黒の箱文字、丸ゴシックのD&DEPARTMENTという表示が見えてようやくここが目的地であると分かった.
店舗は通常、周囲との差異でその存在を周知するものである.
しかし、この店は田園マンション以上に目立つことをあえて控えているようだった.
昔からここにあったような佇まいである.
路面は柱を除いて全てがガラスサッシで、白のブラインドが下りている.
そのスラットの隙間から覗き込むと、どうやら飲食店のようになっていることにかろうじて気付く.
外来者が中に入っていいのか心細くなるような、素っ気ない店姿.これがDと僕の出会いである.

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Dは1Fがカフェ&ダイニング、2Fが家具や日用品の販売スペースになっているが、
初めて行ったその時にそれを知っていたかは覚えていない.
エントランスホールに入ってその正面がダイニングになっているけれど
まだ昼食には早かったからか、まだダイニングがやっていなかったからか、
そのときはまず2Fに上がってみたんだと思う.

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2Fは奥行50mは超えそうな奥に長い一室空間の販売スペースである.
床は塩ビタイル、壁はRC壁にEP白塗装、天井は吸音ボードに同じくEP白塗装、
壁面の殆どは少しくたびれたシルバーのアルミサッシガラスである.
おそらく、EP白塗装以外はDが入る前からのオリジナルである.

その大空間に、様々な家具や日用品が陳列され、しかも什器はよく見かける工業用スチールラックである.
それをスポットライトが控えめに照らしている.
商品は殆どが中古や新古品だったと思う(新品もあったか).カリモクやアデリアや天童などの今までどこかで見たような製品ばかりである.
そこを、白いシャツを着た数人のスタッフが立ち回っている.
インテリアは、これだけである.

ユニークだったのは、スチールラックに陳列された商品だけでなく
そのスチールラックまでも商品だったことである.
つまり、この2Fのインテリアをつくっているほぼすべてのものが、同時に商品なのである.
この面白さに気付くのは、あと数回ここに通ってからである.
というのも、行く度にインテリアが大幅に変わるのである.
考えてみれば、インテリアの殆どが商品なのだから当たり前である.
さらに、EP白塗装をしただけの素っ気ない空間が、インテリアの変化(商品の売買サイクル)をより劇的な変化に見せていた.
扱われる商品は、販売する側の意思やメッセージそのものである.
ここに来ると、身体全体でそのメッセージに触れているようで、また、Dの試行錯誤の中に飛び込んでいるようで、とても緊張感があった.

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1Fがダイニングである.
インテリアの構成は、2Fとほぼ変わらない.相変わらず、既存の壁、天井にEP白塗装を施した程度である.
ソファやテーブルは、これもまた買うことができる商品で統一されている.

長細い室内に、厨房と客席を隔てるカウンターが長手方向に伸びている.トップはステンレスの無垢板である.
厨房と客席はカウンターで一応は隔てられているが、まったくオープンである.
これが、良い.サービスする側、受ける側という分けを感じさせない.
どちらも一緒になって室内風景をつくっている感じがする.
みんなでこのダイニングをつくっている、みんなでここで食事をしながら、その先を考えている、そんな感覚である.

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活発に動き回るサービススタッフの動きが目に入る.
席に案内する、注文を聞く、水をつぐ、配膳する.この動きが、爽やかである.
特に、注文を伺いに来るタイミングが絶妙である.
席に着き、メニューをパラパラと手繰っている客に対し、そろそろ手を挙げて呼びそうな空気を絶え間なく察知しているような感じである.
手を挙げれば、すぐに気付き、やってきて腰を落とす.
水を注ぐタイミングも同様である.過度でなく、不足もない.とてもクールである.
このダイニングは彼らが舞うための舞台のようである.見ていて飽きない.その質が、このダイニング独特の緊張感を保っている.

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トイレに立つ.トイレの場所のアナウンスは店内に見当たらないが聞くとダイニングの奥である.
ここで2つ驚いた.トイレまでは30mくらいの長いアプローチなのだが、道中の両脇には何やらモノが大量に積んである.
よく見ると2Fの販売スペースで扱っている商品である.それが無造作に積まれている.
普通、店舗に並ぶ前の商品はストックヤードと呼ぶような表から隠された室に保管されるものである.それにまず驚く.
もう一つは、アプローチの途中に部屋があり、音楽が漏れ聞こえてくる.灯りも点いていて人の気配がする.
開いたドアの隙間から察するに、そこはスタッフが使用するデザイン室なのか製作室なのか料理の試作室なのか、いずれにしてもスタッフルームのようである.
数人でミーティングをしているようなそんな気配である.
普通、そのようなスタッフルームは一般の目から離れた奥に隔離されるものである.これにも驚いた.

ここでは、隠されるべきものが表に晒されている.
サービスの突端だけを取り繕って利用者に提供するのでなく、そこに至る過程も晒す.
そこに至る過程とは、Dの日々のデザイン活動そのものである.
デザイン活動自体がお店の設え、空間にダイレクトに表現されるのである.そして、それが日々刻々と変化する.
店内は先に書いたように、Dが入居する前のオリジナルをベースにしつつ、EP白塗装を施しただけの素気ないインテリアだから、
その活動によるインテリアが劇的に強調される.

利用者としての僕はDの試行錯誤の只中に飛び込んでいるような感覚だと思った.
Dの試行錯誤そのものを楽しむためにそこに通う、そういう感覚だと思った.
活動が建物ファサードやインテリアにダイレクトに表現される空間のつくり方について、
Dを初めて訪れて以降、ずうっと考えている.
鹿沼に自分の設計事務所をつくり、いくつか建築をつくりながらも、そのテーマはずうっと頭の中にある.

# by NABE_TK | 2019-07-14 22:40
2019.7.12
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西鹿沼町の解体を予定している木造長屋を見学に行く.
残置物を含め建物部材を持っていっていいというので来た.
帰りがけ、ガラス食器、陶器を頂く.ぜひ使ってくださいという.
帰って埃を洗い流すと、美しさが戻ってくる.
# by NABE_TK | 2019-07-12 20:15
2019.7.9
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天神の住まいが竣工しました.
築40年弱の木造2階建て住宅の改修です.
設計がスタートしたのが2017年7月なので、竣工までに丸2年かかったことになります.
今日は栃木市の写真家、アラタケンジさんに撮影してもらいました.
外はあいにくの小雨模様でしたが、そのしっとりさが写真に独特の重みを与えているようで悪くありません.
写真はちかぢかウェブサイトにもアップしようと思います.
# by NABE_TK | 2019-07-09 17:56
2019.7.6
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昨年手に入れたぶどう棚に、去年よりたくさんの実がついている.
# by NABE_TK | 2019-07-06 14:56
2019.7.4
6/9に鹿沼で開催した、LOCAL REPUBLIC AWARDトークイベントの模様が、greenz.jpさんのページに掲載されました.


この20年、鹿沼が今日まで積み上げてきた小さな経済づくりの模様が、外部の方からの目線で、新鮮にレポートされています.

# by NABE_TK | 2019-07-04 18:58
2019.6.27
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市川市のサロン、Staticeのシャンプーボトルが完成し事務所に届きました.
ラベルをデザインをしました.
店名にもなっている花、スターティスとそこに飛び抜ける野鳥、それとともに吹き抜ける風をモチーフにしています.
建築設計室わたなべでは、店舗にかかわるこうした商品デザインのお手伝いもします.
# by NABE_TK | 2019-06-27 18:38
6/9 Local Republic Award トークイベント@鹿沼 閉幕しました
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6/9のLocal Republic Award トークイベント@鹿沼は、約70名の方に来場いただき、大変盛況でした.
当日の模様は頑張って、少しづつ総括をしたいと思います.
# by NABE_TK | 2019-06-13 19:04
6/9はLocal Republic Award トークイベント@鹿沼です
Local Republic Award 2018で最優秀賞を受賞した、
「鹿沼の路地からはじまる小さな経済−祭り衆がつなげるTerritorialshipとTrustship−」.
これを記念して、アワードのトークイベントが鹿沼で開催されます.

ローカルから変わっていくこれからの住み方やコミュニティについて議論します.
予約不要、入場無料、ぜひご参加ください.

LOCAL REPUBLIC AWARD 2019 トークイベント
「鹿沼」からつくる日本の未来

日程: 6月9日(日)13:30~15:30
会場: 屋台のまち中央公園 彫刻屋台展示館
鹿沼市銀座1丁目1870-1
http://www.kanuma-kanko.jp/miru/culture_details1.shtml

登壇者:
鹿沼市長 / 佐藤信
2018最優秀賞受賞者 / 渡邉貴明、風間教司、永峰麻衣子
審査員 / 山本理顕、北山恒、ジョン・ムーア、広井良典

トークイベント終了後、近隣店舗で懇親会も開きます.
会費制ですが、当日申し込み頂ければどなたでも参加可能です.
併せてご参加ください.


# by NABE_TK | 2019-05-30 14:45
2019.5.24
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とは言え、ハイスピードなこのロードサイドに、目印というか、基準点をつくりたいと思いました.
片流れの大きな屋根は北側で最高点を持ちますが、道路際で塔のようにしてアイストップをつくった、
他の部分は細かく穿つことでその塔をより際立たせた、そんなことを考えて立面をつくった.
# by NABE_TK | 2019-05-24 21:44
2019.5.22
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HBが上棟しました.前面の、片側2車線の栃木街道には終始ハイスピードで車が行きかっているのですが
その速度感と呼応するような立面になっている気がしてきました.
これから左側に鋭く下屋が付け足されるので、その感は今後より強まるかもしれません.
# by NABE_TK | 2019-05-24 21:34
2019.5.6
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花岡町の富士山公園から見ると、旧市街が盆地であることが良くわかる.
この時期は新緑と町場がコントラストを増して、都市として非常に美しい様相である.
# by NABE_TK | 2019-05-06 23:45
2019.4.22
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HBが着工しました.
あちらにロケットの先っぽが見えるよ.
# by NABE_TK | 2019-04-23 15:45
2019.4.21
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天神のすまいを写真家のアラタケンジさんに撮影してもらった.
アラタさんには、ここを撮ってくださいという決まったアングルは、できるだけ注文しなかった.
アラタさんの主観で、自分の設計した空間を捕らえてほしかったからだ.
知覚できないけど、ある、それを受け入れることがものづくりだと、少し前に、群像(2019.5)で読んだ.
アラタさんの主観は僕には知覚できないが、確かに、ある.それを受け入れたかった.
その先に、新しい表現があると思ったからだ.
(上の写真は僕が撮ったもの)

# by NABE_TK | 2019-04-21 22:47
2019.4.12
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事務所となりで工事進行中のMADOにいろいろな人がやってきます.
# by NABE_TK | 2019-04-12 13:46
2019.4.4
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天神の住まいの室内も、家具工事を残してほぼ収束しつつある.
# by NABE_TK | 2019-04-04 13:36
2019.4.3
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天神町の住まいの玄関戸、ホール、その向こうに中庭のモミジが見える.
外壁は、ピンクになった.スギの色と、良く合っている.
# by NABE_TK | 2019-04-03 13:26
2019.3.25
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# by NABE_TK | 2019-03-25 17:52